「持ち出し」治療について

「持ち出し」と言う言葉がある。これはこの病院だけの用語なのか、業界用語なのかさえわからないが、要は「保険適応の無い薬、または治療と知りながら、その患者さんのためになるからと、医師が裁量で行う治療」のことだ。つまりその診療報酬は得られず、薬剤費や治療材料費は病院側が一方的に損益として負担する、そういう治療のことだ。
これは一見すると、非常に善い行為のように取られる可能性がある。「病院の損益も省みず、患者さんの利益のために適応の無い治療行為を行う医師」というのは聞こえ、患者のために献身的に働いている医師と言うイメージにつながるからだ。
これを行うのが開業医であるならば、その損益は自分でかぶるわけだから、まあ、懐に余裕があって、心にも余裕のある、立派な慈善家と呼んでおけばいいのだろうけれども、これが勤務医となると話はまったく異なる。
勤務医ならば、この「持ち出し」が慈善事業とは、勘違いも甚だしい。病院経営の立場から言うなら、「持ち出し」診療は、まごう事なき背信行為である。病院は慈善事業をやっているわけではない。診療によって利益を上げなければならない、経済行為を行っているのだ。
本当に患者さんのために、利益を省みず、その治療をやりたいなら、その医師が自分のポケットマネーで行うべきなのだ。その診療のためにかかる費用を、病院に負担させておいて何が慈善事業だ。それは病院の金を横領着服するのとなんら変わらない、ただの背信行為である。
病院の一従業員である医師は、利益の上がらない診療は縮小するべく動くべきであるし、患者さんのためにその診療が必要と考えるなら、そのような診療が可能な他施設を紹介するか、その診療が早急に保険適応となるように運動するべきである。きちんとした診療報酬の得られる診療を行ってこそ、その病院に勤務しているということになるのである。


最近の私が関与する分野で言えば、透析診療報酬に、エリスロポエチン製剤が包括化された。このときの点数変化を見れば、エリスロポエチン製剤は週に4500単位までが保険適応で、それ以上は持ち出し治療となる、と厚生省が認定したとしか解釈できない。
従って、私は慈善事業で、貧血の強い患者さんに、特別に週9000単位の投与を行ったりはしない。それは病院経営に対する背信行為となるからである。週4500単位で重篤な貧血状態となるようであれば、消化管出血などほかの貧血の原因をルールアウトした後に、輸血を行うであろう。それが、現在の厚生省に認定された、腎不全貧血患者に対する、保険適応のある治療方針であるからだ。