予防接種の問題

ここを医療系のブログとするつもりは無いけれど、たまには自分の仕事が関係する領域で何か書いてみる。

うちの妻は予防接種にかなり否定的な立場をとっている。私自身は、医療に携わる身なので、予防接種の効果も必要性もそれなりに理解しているつもりではある。たとえば、種痘ワクチンの効果は明らかに人類に貢献しており、これを含めて「ワクチンは有害」などと言う様な意見にはまったく賛成できないが、たとえばインフルエンザワクチンに関しては、自分が感染源となるとリスクを考えても、自分において重症化するとは基礎疾患が無いのでとても考えられず、2.3日自宅で休養すれば回復する自信もあるので、ほとんどやっていないのが現状である。新型インフルエンザが騒がれた一昨年は職員全員に行ったので当然自分も受けたけれど。
インフルエンザワクチン接種の問題をどう考えるか。
インフルエンザワクチンを接種するかどうかは、その予防効果と、副作用を天秤にかけて、予防効果で得られる利益のほうが大きい、と判断した場合に接種を受けるわけだが、果たしてインフルエンザワクチンは有効なのか。
製薬会社が、インフルエンザワクチンを売って儲けるために、予防効果の臨床研究と、副作用とワクチンとの因果関係について、虚偽の報告をしている、などと疑いだすときりが無いわけだが、http://www.nih.go.jp/niid/topics/influenza01.html
国立感染症研究所のこのページは、私には、客観的にインフルエンザワクチンの有効性を説明する、信用できるページと思える。
ここでいう、インフルエンザワクチンの有効率70%というのは、こういうことだ。インフルエンザワクチンを、A群:接種した100人、B群:接種しなかった100人としたとき、インフルエンザの発症者が、A群:3人、B群:10人となった。これをもって、有効率70%と言っているのであり、これは、体感としてはあまり大きな差として受け取れないのは事実。予防接種をしていてもインフルエンザにかかる人は、結構な率でいるのである。しかし、ここで言われているように、インフルエンザ感染の重症化、つまり肺炎や脳炎に対する予防効果については、確かに有用といえるのかもしれない。
さらに、副作用の点はどうか。2000万人の人に投与されて、2~4名の死者が出るというこの数字をどう考えるか。確率としては交通事故よりもはるかに低い「不運」の確率だが、この「不運」に見舞われた人および家族の被害感情は相当なものとなるだろう。数千人規模の肺炎、脳炎の発症を防ぐための必要悪としていいのかどうか、私には即断できる問題ではない。サンデル教授にでも聞くしかない。ただ、政治というものは、やはり数を扱う領域なので、結局は大多数のための幸福、が選択されていくことになるだろう。
さらに、こういう話もある。
http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/seijinbyou/148infuruenzawakutinn.htm
ワクチンをすれば、その年の感染は防げても、結局その分の免疫獲得ができず、数年間の単位で見れば、ワクチン接種は有効とはいえない、という話。この近藤誠氏は「患者よ、癌と戦うな」で有名な暴論家であり、氏の言うことがすべて信用できると私は思わないが、データにはある程度信憑性がおける、と考える。
こうしたことから、ワクチンは一般的にかなり不審の目をもって見られるようになったわけだが、ワクチンには、個人として効果があるかどうかだけでなく、その集団全体の感染、流行を防ぐ、という意味がある。たとえば麻疹の予防ワクチンを全員が接種していれば、その地域での流行は無かったのに、半数以上の人が接種を受けていなかったために流行し、感染者が増えたことで、脳炎を併発して死亡する子供も増えた、というようなことがあった場合、副反応が怖いから、という理由で接種を受けさせなかった多くの親に、この事態への責任があるのではないか?麻疹に関しては、予防接種で得られる免疫が終生免疫とならない場合がある、という問題があり、ワクチンによる副反応ももちろんあるのだけれど、やはり国としてはこういう流行性の疾患で重篤な結果も起こしうる感染症については、ワクチンで予防していくというのは当然の施策であり、国民であればそれに従うべきだ、と私は、基本的には考えるが、、、
自分の子供にワクチンを受けさせるべきかどうか、たとえば最近公費助成が認められた子宮頸癌予防ワクチン。10万人の女性のうち35人程度が発症する子宮頸癌を、60%の有効性で20年近く予防するこのワクチン、かなり痛い注射でさらに3回も接種が必要だが、うちの娘たちに受けさせるべきかどうか、じっくりリスクとベネフィットに関する情報を収集し、慎重に個々人の親が決めていくしかない問題ではある。
話が逸れたが、インフルエンザワクチンについて、現在ほぼ確実だと言える部分は、
http://www.med.osaka-cu.ac.jp/kouei/sub8.htm
でも説明があるように、高齢者のインフルエンザ感染重症化予防と言う観点でのインフルエンザワクチンの効果については、ほぼ間違いなく有効。特に死亡率に関して接種しない高齢者を1としたとき、接種した高齢者では死亡率が0.2となる、というデータにより、高齢密集条件(特別養護老人施設など)での投与の有効性はほぼ間違いの無いところだと思う。
乳幼児についてなど、はっきりしたエビデンスの無いところ、もしくは論争中の部分については、実地医家は、慎重に個々の症例を見極め、十分な情報提供の後に、患者本人の選択に任せるしかない。大勢の決まった高齢者の感染予防については粛々と推進していく、ということになる。