KY

「空気読め」という言葉が流行って、KYと略されているようだ。
流行る言葉にはどれも違和感を感じるが、それは多数の威を借りて、大衆が調子に乗って迫害やハラスメントなどにつながっていく、数の暴力を感じるからだ。

「空気読め」というのもまったく暴力的な言葉だ。まるで自分はその場の空気をわかっているとでも言いたげだが、ほんとうにその場における正論というものをわかっている人間がどれだけいるだろうか。
空気が読めず、場を寒くしてしまっているような人の発言こそが、その場における真理を言出している場合も多いことだろう。
もちろん、話の流れとか、その場の雰囲気というものを理解したいとは思うけれど、場違いな発言に対して、「空気読め」というような暴力的な陰口をたたくような勢力とは、いつも決別していたい、と思う。