PKについて

旅行でインできない間に、所属ギルドが抗争に巻き込まれている。
抗争の相手は、いわゆる、PKギルドの人々で、ほかのプレイヤーキャラクターをゲーム内で殺しては、その反応を見て楽しむような人々の集まりである。ブログや匿名掲示板で自分たちとその相手のことを話題にして、楽しむような人々でもある。
相手に嫌がらせをして、相手が怒ったようなリアクションをとるほどに、そのことを話題にして、喜ぶような人々であり、ゲームとしてのPVPがしたいわけではない。ゲーム内で設定された戦争システムなどに応じるような人々でない以上、ゲーム内で彼らと争うことは、向うの思うつぼであるように感じるのだが、「ギルドの威信」というようなものがあり、「うちに手を出したらどうなるか」を思い知らせてやる必要がある、とギルド内で考える人が多数を占め、彼らが我々に対するPKを辞めるまでは、彼らに対する嫌がらせ行為を続ける、という方針になったようだ。

私としては、現実世界の戦争のことを思わざるを得ない。特に、イスラム世界とキリスト教世界の争いである。どちらかが、どちらかを完膚なきまでに叩きのめすことで得られる平和などない。必ず遺恨が残り、その遺恨が新たな争いを生む。歴史をみれば、争いとはそういうことの繰り返しであることは明白だ。もし争い自体を目的としているなら別だが、平和を望むなら、お互いに対する理解と、現状での妥協点を探り、歩み寄ることが双方の利益につながる。


まあ、それは一般論だが、MMORPGにおいては少し別の見方が必要だ。
匿名性に守られ、同じゲームユーザーという点でシステムからも保護された、MMORPGのプレイヤーには、このようなヒール役を演じてみるという楽しみが生ずる。
ゲーム内で悪役になって、現実世界では得られない、モラルに縛られない自由感や、刺激や、「悪の美学」とでも言うべきものを自分が体現していることに喜びを感じるのだろう。
そうすることで、現実世界ではモラルを順守した生活ができるなら、MMORPGも治安やモラルの維持に、貢献しているということになるのかもしれない。
けれども、私が見たところ、こうしたPKを進んでやる人たちは、いずれも、「ネクラな人」々*1である。PKギルドに属している人の多くがブログを持っていて、そこに自分の日々の悪行を細かく記録して公表している、というのがその証拠である。
もちろん、MMORPGというもの自体が、人々の「ネクラ」な気持に付け込んだ産業であり、自己顕示欲充足システムに則った世界であるのだから、自分も含めてそこで何かを得ようとする人すべてが「ネクラ」なわけだが、特に、このPKをやる人々の「ネクラ」さは根が深いように思う。
そうした人々が、自分のブログで、自分のその「ネクラ」さに気付かないまま、悪の美学、や、PKKの偽善性について語るのは、甚だかっこ悪いことである、と私は感じる。


現在の所属ギルドに所属したのは、カンストまでのレベル上げをやりやすくしたいというのが、その目的である。確かにカンストが近くなってきて、PVPの練習や、こうした愉快犯のような人々と付き合うとどうなるのか、ということを経験してみるのも面白いかもしれないという気がするが、このままこのギルドにとどまるのかどうか、少し様子を見て判断しなければならない。