前立腺癌の自然経過と予後宣告。

前立腺癌とは高齢男性の宿命病といってもいいような疾患である。70歳以上の他因死剖検例の3分の1に、潜在的前立腺癌が存在したという報告がある。つまりは70歳以上男性の3人に一人は前立腺癌を持っているのだ。そのような前立腺癌は臨床的に問題にならないうちに、他の要因でその人は寿命を終えることのほうが多いので、医学的に検出する必要がない。というよりもむしろ、無駄な医療費を削減するために、そのような前立腺癌は、むしろ検出されないような方策を考える必要があるくらいだ。
ただし臨床的に問題となるような癌もある。現在の平成天皇の持っている前立腺癌もそれに当たる。それは腫瘍マーカーの増加速度だとか、病理学的悪性度などを考慮して、治療が必要かどうかが判定される。
癌としての臨床的な経過を考える上で、胃癌や肺癌などと圧倒的に異なるのは、前立腺癌には、ホルモン療法が有効である、ということである。これは、前立腺癌だけに有効な治療で、しかもかなり有効率が高い。胃癌や肺癌が放置すれば1年未満の予後となるのに対し、前立腺癌は、初回発見時にかなり進行していても、予後は平均的には5年程度見込める。予後が1年未満の病気と5年の病気では、同じ癌でも、臨床的には全く異なる病気といわざるを得ない。しかも前立腺癌は高齢者の病気であり、70歳を越えて、予後が5年あるということは、ほぼ天寿をまっとうできた、ということになるのである。
ただし、注意すべきなのは、5年有効といっても、それは癌を根治すると言う意味では全くないということである。手術や放射線によって根治した場合と異なり、ホルモン療法で癌を抑えた場合には、多くの場合、癌は5年後にホルモン不応性の前立腺癌に姿を変え、そうなると、胃癌や肺癌のように激しく全身に転移し、いわゆる悲惨な癌死、という経過に変わることもある。
遺族は一回ホルモン治療により、普通に生活できる5年という期間を得たことにより、「癌が治った」かのような錯覚に陥る。そして、5年経過して、癌が暴れだすと、有効な治療法がないこと、こうなると分かっていながら何も医療側が動かないことに対して不満を述べるようになるのだ。
いくら不満を述べたところで打つ手がないものは仕方がない。臨床的な癌なのに、5年も、治療により寿命を延ばせたことを喜んで欲しいくらいであるのに、人間というのは現金なものである。
こちらもせっかく5年生き延びる患者に、心安らかに過ごして欲しいだけに、「癌が抑え込める」という点ばかりを強調して説明することに問題があるのかもしれない。5年したら治療が効かなくなり、つまりは予後は5年である、ということをムンテラにおいてもっと強調すべきなのかもしれない。
また、平均5年有効というだけであって、1年でホルモン不応となってしまう場合もある。特に初発時にPSAが1000を超えているような進行例では不応となるまでの期間がみじかい傾向にある。このような場合には、普通の癌と同じように、厳しいムンテラをしておくに限る。