alternative treatment for renal failure

まずはじめに、これは若年者の腎不全の方を対象として想定した、末期腎不全の代替療法の選択肢とその説明であることを記しておきます。
つまり高齢者や社会的活動性の低い患者さんを対象とするならまた話は変わる、ということです。以下、とても長くなってしまったので、読みたい方だけ読める形にします。
0.まず病状について。
腎不全とは、腎臓が機能しなくなった状態です。腎臓は尿を作る臓器です。人間の体内で日々生産される代謝老廃物(様々なものがこれに含まれているのですがこれを簡単にまとめて尿毒素と呼びます)と、体内で過剰となった水分を体外に出すために作られるものが尿です。ですからこれが作られなくなると、体内に尿毒素と過剰な水分が蓄積され、これが限界値を超えて蓄積されると、最終的には致命的な状態となります。したがって、腎臓の代わりに、その尿毒素と過剰な水分を取り除いてやる治療が、生命の維持のために必要となります。これを腎代替療法というのです。
1.第一の選択肢として血液透析について示します。
末期腎不全の代替療法として一般的なものは血液透析といわれる治療です。日本では毎年35000人の方が末期腎不全となり、そのうちの32000人は血液透析を導入されています。つまり最も一般的で、確立された腎代替療法血液透析ということになります。
血液透析は、血液中から、尿毒素と過剰な水分を、機械で取り除いてやる治療です。一分間に200mlというすごい勢いで体内から血液を取り出し(人間の血液量は大体5lですからこのままこの勢いで血液を体外に取り出してやれば25分で失血死してしまうくらいの勢いです)、その血液をコーヒーのフィルターのような原理で毒素と水分をこし取る膜でできた機械に通してやり、浄化された血液を体内に同じスピードでもどしてやる、というのがその治療の実態です。大体4-5時間これを続けることで、2日分の毒素と水分が取れるので、透析患者さんはこの治療を2日に一回、一回を4-5時間、この機械に繋がれて過ごすことで、生命を維持していきます。
けれども、血液透析は、患者さんのQOLを下げるその下げ幅が、比較的大きい治療と言わざるを得ません。そのもっとも大きな要素は、拘束時間です。週3回の病院への通院が必要で、一回4-5時間を病院のベッドの上で過ごす生活を、一生継続しなければなりません。また、本当は24時間365日働いている腎臓の働きを、週3回4時間程度の間歇的な血液浄化で代替しているわけなので、当然無理があります。そのため、透析から次の透析までのあいだに、尿毒素や水分を体に貯め過ぎない様に、食事や水分の制限が必要となります。もちろん、そうなったとしても、前向きに仕事もし、人生を楽しんでいる方は大勢います。ですから、このマイナス面ばかりを考えることはないのですが、血液透析という方法が、この拘束時間と食事制限という2点で、患者さんのQOLを下げているというのは間違いない事実です。
2.在宅血液透析とは。
これは血液透析を自宅でやる、というだけの話です。つまり、透析の機械を自宅に置いて、透析液という血液浄化のための液を購入して自宅で血液透析を行うのです。在宅でできれば、病院に拘束される必要はありません。また、通院では透析を4-5時間でやりますが、自宅でやるなら、毎日寝ている8-9時間の間に透析ができます。体にとっては、長時間かけて透析する方が、本来の腎臓の働きに近いわけで、負担がなく、長期透析による合併症も減りますし、食事制限も緩めることができます。この意味では、在宅血液透析は、若年者の腎代替療法として十分考慮すべき、QOLの高い治療、ということになると思います。
ただ長期の旅行が難しいことや、機械の購入、リース、透析液の購入などお金がかかるということ。定期健診や機械のチェックのシステムなど、在宅透析療法のノウハウを持っている病院はまだ世の中に少ないかと思います。もちろん、末期腎不全となれば、身体障害者1級の認定が受けられますので、医療費は全額国費負担となります。したがって、機械のリースなども個人が負担する必要はないと思うのですが、その辺どうなっているのか、私は知識がありません。
3.腹膜透析について。
腹膜透析というのは、血液透析とかなり異なる方法です。人間のお腹の中には、腸がとぐろを巻いていますが、これを包んでいる膜であるところの、腹膜という膜が存在します。これがなぜか水分や毒素の交換機能を持った膜なので、これを先ほど述べたコーヒーフィルターの代わりとして、体内の水分と毒素を取り除いてやるのが腹膜透析の原理です。
具体的には、まず簡単な手術でチューブをお腹の中に留置して、透析液を大体2l程度、お腹の中に入れてやります。これを2-4時間お腹に貯めた状態で過ごし、時間が着たら、貯めていた液を捨ててやり、また新しい透析液をお腹の中に入れます。これを繰り返してやることで毒素と水分を取り除き続けることができます。透析液の出し入れは、機械が簡単にまた清潔にやってくれるので、それほど大変ではありません。また、普通はこの出し入れのサイクルを一日4-5回やるという形になるのですが、これを寝ている間だけに機械が高速で繰り返しやってくれて、昼間は透析液を出し入れしなくて良い、というやり方もあります。
この方法も、在宅血液透析と同じ意味でQOLが高く、体への負担が少なく、自宅や会社で透析ができ、食事制限もゆるくできます。また、機械は小さなものなので、透析液さえ調達できれば、旅行も可能です。
けれども、腹膜透析の欠点は、腹膜が時間経過によって劣化するということです。現在のところ、腹膜透析は5年をめどに、血液透析に移行しなければならなくなるのが実情です。つまり5年間限定の治療法なのです。その後は血液透析など、また別の腎代替療法に移行しなければなりません。
4.最後に腎移植について。
私は、若年者の腎代替療法について、これがもっとも望ましいと考えます。もちろん、問題点や、制限も多いのですが、それを考慮しても若い方であれば、腎臓をもらうのがいいと思うのです。以下、問題点や適応について述べます。
腎移植は腎不全の方に、健康な方の腎臓を一個、移植するという治療です。人間は一人につき2個腎臓を持っていますが、健康な腎臓ならば1個でも十分な尿を作ることができることから、この治療が成立します。家族や近親者から腎臓を一個もらう生体腎移植と、生前に献腎の意志を残しておられ、亡くなった直後のご遺体から腎臓をもらう献腎移植とがあります。日本では年間700例の腎移植が行われ、そのうち500例が生体腎移植です。生体腎移植の方が死体腎移植より移植腎の生着率が高いようです。この治療のメリットは明らかに、健康な腎臓を手に入れることにより、腎不全という病態から開放されるという点にあります。言ってみれば、腎移植は、腎代替治療ではなく、腎不全の根本治療なのです。けれども、これには術前に乗り越えなければならない多くのハードルと、術後にも続く問題点があります。
まず、腎臓を誰かから貰わなければならない、というのが最大のハードルです。たとえ家族であっても、私のために腎臓を下さい、とはなかなか言い出せないものですし、家族も簡単にあげるという、決心はつかないことでしょう。死体腎移植は多くの方が順番待ちであり、献腎意志を登録している人が少ないことこそが問題なのですが、都合よく自分のそばで、献腎の意志を持った方が、亡くなった直後の状態で、移植可能な設備のある病院に運び込まれることは、運の問題ですがなかなかないのが実情です。もし、私は、私の家族が腎不全となり、社会的活動性が高く、また、移植によって、通常の生活に戻れる可能性が高いならば、家族に対するドナーになってもよい、と今は考えます。それは子どもが生まれたばかりという現在の立場だからこそ言えることかもしれませんが、私にとっては、家族とは自分が腎臓を一個失っても元気で暮らして欲しい存在だし、また、自分の腎臓が一個なくなることは、もちろん今後私自身が腎不全となる可能性を高める選択であることを承知した上で、それほど自分にとって損失とは考えられない、私は自分の医学的知識に基づいて、それがほとんど自分の生活と人生の支障とならない、と知っています。
ドナーが見つかったとしても、血液型やHLAという免疫上の適合性の問題があります。要は、移植する側とされる側の相性の問題があるのです。相性が悪ければ、人間には自己と異なる物質が自分の体内に入ってきた場合、それを排除しようとする、免疫、と呼ばれる機構があります。これによって、移植された腎臓が攻撃され、だめになってしまうこと、これを拒絶反応、と言います。一卵性双生児間の移植でない限り、拒絶反応は大なり小なり移植後には必ず起こる現象です。けれども、相性によって、その程度が異なるのです。術前検査で、この相性があまりに悪ければ移植をためらわざるを得ません。けれども、最近の技術革新により、近年では、血液型が異なっていても、HLAが大きく異なっていても、移植の成功率がとても高くなってきています。いまでは、この相性の問題はそんなに気にしなくても良くなってきています。これは本当にすばらしいことだと思います。ドナーの折角の意志が、技術的問題で、無駄になってしまう、ということがほんの数年前にはしばしば生じていたことだったからです。
さらに、問題となるのは、患者さんの腎不全となった原因は何か、ということです。腎不全の原疾患のトップは現在は糖尿病ですが、若年者においては、糸球体腎炎がまだ大きな要因となっていると思います。そして、糸球体腎炎のなかには、巣状糸球体硬化症、など移植腎にも再発する率が高い、全身性の疾患であるものもあります。腎不全の原因がそういう全身性のものであった場合、せっかく腎臓移植をしても、その移植された腎臓が、また同じ腎炎で、悪くなっていく、ということもあるのです。そしてその可能性が高い病気であった場合には、腎移植はためらわれることになります。
次に移植自体の問題を述べるなら、これは単に、大手術になる、ということだけです。慣れた施設なら、ドナーの腎臓を取り出すことは腹腔鏡下に行うことで、侵襲少なく、かつ2-3時間で取り出せるところもあります。けれども移植手術自体は、血管吻合など大変な要素が多いので、8時間以上の大きな手術になると思います。その後も急性期拒絶反応を抑えるための大量免疫抑制剤投与や、尿量管理などのために、少なくとも、術後1ヶ月の入院は必要となります。術前検査なども考えると、移植前後の入院期間は2ヶ月超となることが多いと思います。けれども、これは単に大規模な手術であるというだけであり、手術に伴う一般的な危険以外の、腎移植だからという問題点はありません。
術後の問題は、拒絶反応と、先ほど書いた、原疾患の再発、ということになりますが、まあ主に拒絶反応です。拒絶反応を抑えるために、免疫抑制剤というお薬の内服が、時によっては一生、必要になります。免疫抑制剤は、その名のとおり、生体の防御機構である免疫を抑えてしまうので、細菌感染などに体は弱くなってしまいます。つまり風邪など引きやすくなり、またひいてしまうと重症化する可能性が高くなるということです。その分感染しないように、気をつけないといけなくなりますし、免疫抑制剤として、ステロイドが必要となることがあるのですが、ステロイドには糖尿病、胃潰瘍、顔面の腫脹など、様々な副作用があります。これを一生のみ続けないといけないとしたら、腎移植はQOLが高いとはなかなか素直には言えない、そういう側面です。けれども、近年では副作用が少なく、またほとんど内服が要らなくなるような腎移植の症例が増加しており、この問題も少しずつ改善されているといえます。
以上、腎移植の問題点を列挙しました。これだけ並べ立てると、腎移植を受ける気も失せてしまうような内容だったかもしれませんが、これらを考えてもなお、私は、腎移植は、若年者の腎不全に適応となる、もっともQOLの高い治療としてお勧めしたい考えています。私自身が腎不全となったとしても、先に述べたような、ドナーと原疾患の問題がクリアーできているならば、腎移植を受けたいと考えます。

以上、長くなりましたが、若年者の腎不全の症例に対して、私が治療法として考える選択肢についてまとめました。腎不全の方の、前向きに治療を選択したいという気持ちの一助になれば幸いです。