わたしを離さないで

わたしを離さないで

わたしを離さないで

この方の作品は初めて読んだのだが、フィクションなのに、登場人物間の会話や心理戦、記憶の叙情性が、細部にわたって創りこまれているところには、引き込まれるし、面白かった。
以下はネタバレ含むため畳みます。
現在クローン技術によるドナー臓器確保は倫理的に認められていないわけで、そこを軽々と前提としてしまったところに付きまとう無理がある、と思う。たとえそのような技術が実際に使用されていたとしても、たとえば胚の段階で除脳する、など、クローンを人として扱わなくても良いように、人格が備わらないような処置がなされると考えるのが普通ではないか。

実際人格が生じてしまったクローンの側も、肝心の臓器提供について誰も何とかしようとしないのは果たしてリアリティのある話だろうか、と疑問に思う。たとえば自分が彼らの立場ならば、積極的にHIVに感染して、臓器提供のできない体になろうとしたり、何か抵抗を示すと思う。さらに、臓器提供4回で、使命を終える、との話だが、医療の実際として、4回臓器を提供してちょっとずつ弱り、死に至る、という臓器の減り方が、ちょっと想起できない、という問題がある。たとえば腎臓を2回提供すれば透析が必要となり、肝臓は時間を置けば2,3回は提供でき、心臓は提供すればそのクローンの生命は絶たれてしまうわけだが、4回目は必ず心移植とかそのような決まりなのだろうか。
物語の意図として、こういう揚げ足取りでなく、このようなどうしようもない世界に放り込まれ、それでも少年時代、青春時代を生き、人間として人生を生きようとする、その悲哀を伝える、ということであれば、その意図は確かに成功しているのだろうが、登場人物同士の会話とか、心理、情景はとても丁寧に描かれているので、このような医療設定部分もきちんと創りこんで欲しかった、と思う。