胡蝶之夢

お金を稼いで、事業を大きくして、それが法人化されて、もしくは相続時の税金関係で、個人のものではなくなり、公有物としての性格の強いものとなっていったとする。たとえばそれが事業を開始した個人の名前を冠した「三井グループ」などと呼ばれる。
それは社会貢献という意味で素晴らしいことだろうけれど、果たしてそれを創始した三井さん個人の人生の楽しみと三井グループはもうだいぶ乖離してしまっていないだろうか。
税金対策とか、相続税対策とかでいろいろな会社がいろんな商品を持ってくるけれども、経営ということを考えるとき、私は事業をどんどん大きくしていきたいわけではない。自分の仕事内容をより、完成度の高いものにしたいとは思うけれど、設備や事業が大きくなっていくことは、私の求めることとは異なる。
いったい、どんどんお金を儲けたり、自分の事業を大きくすることは、それほど楽しいものなのだろうか。私には合点がいかない。まあ人それぞれだろうけれど。
自分と家族が楽しく生きていけるだけの稼ぎがあればそれでいい。安全安心快適など、求めればどんどん要求は大きくなっていくけれど、大きくしたものはそれだけ個人で維持するのは難しく、それだけ、個人の手元から離れたものとなっていく。
ちょうど1年前くらいに以下のような文章を引用していた。

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも活きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」と尋ねた。

すると漁師は 「そんなに長い時間じゃないよ」 と答えた。 旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子供と遊んで、女房とシエスタ(昼寝)して。夜になったら友達と一杯やって、

ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。 「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。

そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。

その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」 「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」 「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」 と旅行者はにんまりと笑い、「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、子供と遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」