思想の姦通者

昨日は長い手術だった。
朝の9時に入室して執刀開始が10時30分。
手術が終わったのは日付が変わって1時30分だった。
15時間もかかる手術は私の8年間の医師生活でも数少ないことである。
手術では患者の右腎臓、右尿管、膀胱、尿道をすべて摘出した。尿路変更は残った左尿管を皮膚婁とした。尿管の周囲組織への癒着がきつく剥離に難渋した。累々と腫れるリンパ節があり、下大静脈系を郭清したが、迅速診断ではすべてネガティブであった。
まあ、私が手術したのではなく、大部分部長が執刀しているわけだが、15時間、肝臓鈎で無理な体勢で術野を維持し続けた私の労働力と忍耐力にも大きな貢献があったと、誰もいってくれる人が居ないから自分で言うしかないわけだが、私が辞めたあと、後任の居ないこの病院で、昨日の手術ができるかどうかは甚だ疑問である。
自分は平均以上の器用さと能力があると思うが、上司に恵まれず、手術を任せてもらえなかったために、開腹手術自体への興味を失い、向上心も失われた。しかし、鉤を引くというような雑用、労働力としてはめいいっぱい、利用されてきた。医者という世界の常識で考えれば、上司にとって見ればとても便利な奴隷であったことだろう。
この8年、こうして見えない術野の鈎ばかり引かされてきたなあ、と15時間の鈎引きを
しながら思った。思えばすごくお人好しだったのかもしれない。
帰宅したのは夜中の2時過ぎ。ゲームでいつもそれくらいの時間に寝ているからそういう意味ではなんともないが、ずっと立ち続けで、足の裏が痛かった。
もう一生こんな手術に立ち会うことは無い、と思いたいが、辞めるまでにまだあと数回は全麻の手術に立ち合わされることになりそうだ。

あれだけ深夜まで働いても、今日は通常通り働かなければならない。小さい手術が2件ほどある。
この辺が日本の医師の勤務体制のおかしなところである。
恐らく産婦人科とかではこういう日々が延々と続いていくのだろう。