ししょー

セミを助けた。
朝から夏日。この病院の周囲には木がぐるりと植えてあり、夏はセミが狂ったように鳴く声が、わんわんと響く中、玄関の自動扉をくぐっていく。
玄関に向かう最後の坂の途中で、コンクリの上にセミの幼虫がひっくり返ってもがいていた。一度は通り過ぎたが、成虫になるために8年の歳月を土中で過ごしてきたセミのことを思うと、拾って土の上に置いてやることにした。
セミが益虫とも思わないし、増えてもうるさいだけである。セミの成虫も幼少時のようにはもう、気持ち悪くて触れない。そしてさらに、成虫になれなかったからといって、そのセミの8年が無駄になるわけでもない。
そういうすべては頭では分かっていても、仰向けになって足を天に向けてもがき続ける幼虫をそのまま置いておく事はできなかった。
これは優しさなのか。誰に対してのものか。もうよく分からない。私のなすことの多くは強い因果律のようなところからはもうかけ離れ、偶然と非一貫性に支えられて、ただ積み重なっていくようだ。